CHAPTER08 共創

時の流れと共鳴する、建築のはじまり

構想から5年――。図面に描かれていたものが、ようやく光と呼吸を宿す現実の空間として立ち上がりました。
かつて弥栄会館として使われてきた建物を継承し、新たに開業した「帝国ホテル 京都」。
保存と創造、町とホテル、歴史と現在。相反する要素を縫い合わせて生まれたこの建築は、開業を経て、祇園の町でどのように息づいているのでしょうか。
完成した今だからこそ見えてくる全体像について、内装デザインを担った建築家・榊田倫之さんに話を伺いました。

図面の言葉は、光と影のあいだで歌い始める

花見小路を進み、祇園甲部歌舞練場の正門をくぐる。その先の建物には、かつて芸者衆が日々の稽古の成果を披露してきたという記憶が、今なお静かに残っています。弥栄会館が帝国ホテル 京都として新たに息づき始めた今、榊田さんはこの空間をどのように見ているのでしょうか。
「最初にコンセプトをプレゼンテーションしたときに、“帝国、舞う”という言葉を掲げました。もともとここはハレの場であり、未来へと続く躍動や、美しい所作が重なり合った場所。そうした空間の作法を、デザインの根幹に据えたのです。完成した建物を見たときに改めてその言葉を思い出し、確かに舞っている、と実感しました」

この計画を貫いているのが「共創」という考え方です。弥栄会館の保存と活用を前提に、帝国ホテル 京都として成立させる。その両立こそが、プロジェクトの出発点でした。

「四条通りから花見小路に入った時点で、このホテルの体験はすでに始まっていると考えています。門の中だけで完結するものではなく、町とどう関係していくか。その中で、この建築がどう成立していくかが重要です。実際、町並みに対してふさわしいものになったのではないでしょうか」
さらに、榊田さんはこの空間を「時間」という軸で捉えています。
「弥栄会館は1936年に竣工しています。90年の時間がすでにそこで紡がれていて、その上に帝国ホテル 京都の時間が連なっていく。1年目というよりも、90年の時間の上に新たな1年が重なる。それこそが、帝国ホテル 京都という建築の本質だと思っています」

素材の囁きが、空間の旋律になる

帝国ホテル 京都の内装は、多様な素材の重なりによって成り立っています。なかでも印象的なのが、石の存在。その起点となったのは、弥栄会館に残されていた“ある意匠”でした。

「弥栄会館の貴賓室に芭蕉のレリーフが残されていて、石と対になり、ひとつのアートを形づくっていました。その石とは、沖永良部島で採れる田皆石。弥栄会館が竣工した1936年は、柳宗悦が沖縄の民藝を本土に紹介していた時期です。また、京都は寒さが厳しい土地ですので、南方へのある種の憧れがあった。そうした文脈の中で、この組み合わせが生まれたのかもしれません。これらはあくまで推測の域を出ないわけですが、この田皆石との出会いをきっかけに、素材に対する考え方が広がっていきました。まずは、田皆石を空間全体にどう展開していくか。石については、日本の在来の素材を用いることも大きなテーマとなりました。大谷石や北木石など、近代建築の中で使われてきた素材も取り入れています」

ひとつの素材との出会いは、全体の考え方に作用します。点として存在していた要素が、やがて空間全体へと広がっていく。そのプロセス自体が、この建築の骨格を形づくっています。

「木材についても同様の思想を貫き、国産の欅を多く活用しています。民藝の流れの中で見られる広葉樹の造作を踏まえたときに、欅という素材が重要な存在として浮かび上がりました。板目で使うと古典的な印象が強くなりすぎてしまうので、柾目の良材を選び、柿渋で色味を整えながら、現代的な使い方を採用しています。一方で、杉などの針葉樹は使いどころを明確に分けました。人が触れる部分には硬い広葉樹を使い、天井やヘッドボードのように触れない部分には柔らかい針葉樹を使っています。春日杉や御山杉、霧島杉といった銘木を見極めて集め、適材適所に配置していきました」
異なる時間と背景を持つ素材が関係を結び、空間としての一体感を生み出しています。

足音が空間を描いていく旅路

「建物自体が保存されるということは、階高にも制約が出てきます。つまり、低いところから高いところへ抜けるような抑揚がつけにくい。また、柱位置も固定されてしまう。その条件を前向きにとらえながら、どのように空間をつくっていくかを考えました」
高さではなく、水平方向へ。空間は横に連なりながら、奥行きを獲得していきます。
「エントランスからの動線には、その考え方がよく表れています。入り口の軒庇の低いところから入っていくと、深い軒先の下を通りながら庭の方へと抜けていきます。その先に北側の景色が見えてくる。天井が低い空間が続くからこそ、外に抜けたときの空間の広がりが強調されるのです」

さらに、移動そのものにも意味が与えられています。エレベーターには駕籠のイメージが重ねられ、空間を切り替える“間”として機能しています。
「エレベーターを降り、少し暗くて静かな内廊下を歩いていく。その先の客室では、入った瞬間に光で迎えられるようにしました。そこで視界が開かれ、それまでの抑制がほどけ、空気が切り替わります」
この空間は、一度に把握されるものではありません。歩みの中で連なり、変化しながら、徐々にその全体像を露わにしていきます。

光が絵筆になり、アートが風景になる

光は、単なる照明ではありません。建築の表情を引き出し、空間の質を決定づける要素として扱われています。
「私は、物を一番美しく見せるのは自然光だと思っています。自然光と建築、内部空間がどう関係するかということを最初に考えました」
北側の客室には、やわらかく拡散した光が取り込まれています。一方、南側では、光はシルエットとして現れ、陰影を際立たせます。
「北側の景色は、南側からの光を受けてとても美しく見えます。ですから北側の空間には大きな開口部を設けました。東山から光が上がってくる朝の時間帯は特に印象的で、南側のファサードが一気に明るくなる。その瞬間に空間の表情がはっきりと現れます」

また、夜の光は、町との関係の中で設計されています。
「“祇園に見るあかり”というテーマを掲げています。祇園の町を通ってきたときに、このホテルだけが明るすぎる存在にならないようにしたい。このホテルのあかりであると同時に、祇園のあかりでもある。そうした連続性を意識しました」
そして、アートも、建築と呼応する存在です。
「まず考えたのは、残されていたものをどうアートとして再生するかということです。壁にあった千鳥の象嵌は客室に、貴賓室の芭蕉のレリーフはオールデイダイニング『 弥栄』に生かしました。さらに、建築と時間軸を共有する作家にも着目し、吉田真一郎さんや内田鋼一さんなど、弥栄会館と同じ時代を生きた作家の作品を選びました。アートは、空間を説明するものではありません。最終的にはそれを目にした個人がどう感じるか。過剰な説明は必要なく、感じ取るものが自然に伝わればいいなと思っています」
光とアートは前面に出ることなく、それでいて確かに空間の中で響き合っています。

古いものが新しい、同じ風を纏う場所

帝国ホテル 京都の空間には、「古いものが、新しい」という感覚が一貫しています。単に新旧の要素を並べるのではなく、時間そのものとどう向き合うかという設計の思想に関わるものです。

「ここでやってきたことは、新しいホテルをつくるということではありません。古くて新しいホテル、という言い方がしっくりきます。ライト館が竣工したのが1923年、弥栄会館が1936年。13年ほどの差がありますが、後期アールデコの雰囲気や、水平線の強さといった共通点がある。同時代性がある建物なんです。この建物が持っている時間をいかにして引き継ぐか、引き受けるか。それが大きなテーマになりました。帝国ホテルの歴史の中で使われてきた素材や要素を引用しつつ、それをそのまま再現するのではなく、いまの空間として再編集しています。京都にいるという感覚も織り込みながら、家具やディテールも時代感が揃うように調整しています。 “伝統を翻訳する”という言い方がありますが、今回の場合はどちらかというと“伝統に共鳴する”という感じでしょうか。建築が持っている要素や、帝国ホテルが持っている要素に共鳴し、いろいろな要素を縫い合わせて作り出していきました」

帝国ホテル 京都の空間は、過去をなぞるものでも、現在を強調するものでもありません。異なる時間の層が重なり合うことで、独自の深みを湛えています。

風化するほど、その強さを知る

帝国ホテル 京都の空間は、完成した瞬間に価値が定まる建築ではありません。時間の経過とともに、その価値がゆっくりと現れていきます。
「出来立ての状態は、僕にとってはまだ少し眩しすぎる。色が落ち着いて、全体が馴染んでくると、本来の良さが際立ってくると思います。時間に耐えられるものを選びたいという意識は常にあります」

その背景にあるのが、京都の美意識です。
「枯れていっても美しい、という感覚があります。綺麗寂びという言い方をしますが、そういう風情が空間の中で滲み出てくるといいですね」
さらに、この建築は町との関係の中で変化していきます。
「ここは喧騒の中にあるホテルです。だからこそ、町とどう関係していくかが重要になる。強く主張するのではなく、町に溶け込んで美しく佇んでいてほしいと思っています」

時とともに、建築は完成する

この空間を象徴する場所として挙げられたのが、宿泊者専用ラウンジと北棟の客室です。
「建物の中を抜けていって、最後に視界が開けて、お茶屋の風景が見える。その流れがとても気に入っています」
建築は、設計者の手を離れたあとに完成していくものです。訪れる人が過ごし、体験し、それぞれの記憶を重ねていくことで、その意味は更新され続けていきます。
帝国ホテル 京都は、時間と人との関わりの中で、完成へと向かい続ける建築です。

花街文化の晴れ舞台・歌舞練場に寄り添って、
祇園の町に憩いを届けたもうひとつの舞台、弥栄会館。
堂々と聳えるその姿も、この地で愛されてきた記憶も失うことなく、
これからも誰かの物語を綴る舞台であり続けるために。

「弥栄会館」は「帝国ホテル 京都」へ。

令和八年、ふたたび開場。次は、あなたの寛ぎの舞台へ。

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