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帝国ホテルと歩む

定保 英弥 (さだやす ひでや)

株式会社帝国ホテル 代表取締役社長 社長執行役員

Profile

1984年学習院大学経済学部卒業後、帝国ホテルに入社。入社後1年半の研修期間中、フロント、客室、調理場、レストラン接客などホテルの最前線で経験を積む。その後、宴会部、営業部、ロサンゼルス案内所、宿泊部など多彩な現場を経験。営業部長、ホテル事業統括部長、東京副総支配人、帝国ホテルハイヤー取締役、インペリアル・キッチン取締役、第12代東京総支配人などを歴任し、2013年株式会社帝国ホテル 代表取締役社長に就任。現在に至る。

スポーツ好きで海外に興味のある学生でした。

「鎌倉の高校を卒業後、大学へ入学をして経済について学んでいました。スポーツが好きなので、大学ではテニス同好会へ入り副主将を務めるなどして活発な学生時代を過ごしていましたね。幼少期には、航空会社に勤めていた父親の仕事の関係でドイツ・ハンブルグや香港に住んだことがあり、一時的に日本に帰ってきたときに、帝国ホテルに宿泊した思い出があります。落ち着いた照明と重厚な内装で、ロビーには凛とした空気が漂っていたことを覚えています。そんな経験から、将来は「海外と接点のある仕事がしたい」と思うようになり、入社したのが帝国ホテルでの私のはじまりでした。」

ホテルマンとしての礎を築いた、1年半の研修期間。

「私が入社した当時は研修期間が1年半あり、その間、5ヶ所もの現場を回りました。客室の清掃、ベルマン、調理場での鍋洗いや卵割り、ウェイターなどです。今になって思えば、仕事の流れやスタッフの動き、そしてお客様の流れなどを直接学ぶ貴重な機会になったと思います。もちろんどの仕事も慣れないことだらけで、いくつもの失敗もしました。たとえばワインのコルクを上手に開けられなくて何本もだめにしたり、客室の清掃に1時間近くかかってしまったり。ただ、この研修期間中に身についたことも数多くあったように思えます。ホテルの原点は、やはり現場。現場での濃密な経験は、仕事の本質を知るうえで、かけがえのないものだったと今でも思っています。」

各国の大使館回り。大統領などの要人担当も。

「父の仕事の関係で海外生活をしていたこともあり、「いつかは海外で勝負したい」という想いがあったため、それが叶う営業部への希望を出していたところ、実現して配属されました。私が担当したのは、東京にある各国の大使館でした。その国の元首や大臣といった要人が訪日される際、帝国ホテルをご利用いただくための営業です。大喪の礼(※1)や即位の礼(※2)といった国家的事業が行われた時期とも重なり、メキシコやブラジルなどの大統領を担当する機会もありました。普段は大使の秘書官に会いに行くのですが、その秘書官が公使や大使に昇格していくと、若い頃からの関係値が大きな絆になることも珍しくありません。民間外交の窓口となるような、帝国ホテルならではの仕事を体感できた時期でした。」

※1…天皇の葬儀。国の儀式として執り行われる。
※2…天皇が践昨(せんそ)後、皇位を継承したことを内外に示す儀典。最高の皇室儀礼とされる。

念願叶ってアメリカ駐在。行動力が養われたハードワーク。

「29歳の時、ロサンゼルス案内所の社員異動があり、運よく交代要員として声がかかりました。当時は、アメリカからいらっしゃるお客様が、全ての海外からのお客様の中でもっとも多く、その分、責任も大きかったと思います。実際、担当するエリアはカリフォルニア州をはじめとするアメリカの西側全般という、途方もないぐらいの広さで、一人で回るのは非常に大変でした。インターネットのない時代でしたので、パンフレットを鞄いっぱいに詰めて各地に出張し、現地の旅行代理店や企業をひたすら回り続ける日々。帝国ホテルの前に、まずは日本を宣伝するという側面もあり、「メイド・イン・ジャパン」のホテルマンとしての誇りが強まる経験でしたね。「人と会った数だけビジネスが生まれる」と自分に発破をかけ、ロサンゼルスから2400キロメートル離れたアーカンソー州まで米国の西側半分の営業を一人でこなしました。努力が実ったのか、アメリカからのお客様が2割増えたのは非常に嬉しいできごとでした。おもてなしの精神、サービス意識というホテルマンとして思い浮かべる素養とはまた別の、行動力、そしてプレゼンテーション力が身についた時期にもなりました。」

ホテル事業の根幹、宿泊部でゼロからの仕切り直し。

「日本に戻って配属されたのは宿泊部です。やはり、ホテルと言えば宿泊。ちょうど自分自身でも、ホテルという事業の根本を理解する必要を感じていたところでしたので、いいタイミングでした。リザベーションオフィスというセクションだったのですが、客室の稼働率を高め、どう売上を引き上げるのか、というのが私の任務。キャンペーンを打つようなこともしましたし、マーケティングの側面に触れる機会もありました。また、社内の予約管理システムを入れ替えるための他部署との交渉や、労働環境の改善にも携わりました。初めての職域ということで、ゼロから学びなおす気持ちで挑んだ数年でしたが、途中で管理職にもなり、メンバーとともに業務を進めるという、リーダーとしてのマネジメント力を培い始めたのもこの頃です。」

チームマネジメント力が、実を結んだ経験。

「課長として復帰した営業部には、その後8年間在籍することになりました。その間に次長そして部長へと昇格し、キャリアのうえでもより責任が増していく時期でした。当初は、海外からのお客様を獲得するための施策を考える国際課というセクションにいましたが、折しもニューヨークで同時多発テロという大変痛ましい事件が起こり、お客様がぱたっといらっしゃらなくなりました。正直、これには参りました。ホテル事業は国際情勢に大きく影響を受けるビジネスでもあるのです。そこで、海外だけでなく国内にも視野を広げ、旅行代理店などを通じてプロモーションも実施しました。海外からの予約が入らなくなった分、国内のお客様のご宿泊を増やすことができたのは、チームが団結できたからですね。その後、組織が改編され、かつての宴会部が営業部の中に編成されたのですが、それまでのキャリアで宴会も、婚礼も、宿泊も経験していたことは、とても大きな力になったと思います。」

総支配人という重責に、身の引き締まる思い。

「48歳の時、約1年間の副総支配人経験を経て、第12代東京総支配人に就任しました。
総支配人というのは、ホテルとしてのオペレーションの総責任者です。東京、大阪、上高地という3拠点すべてに、それぞれ総支配人がいます。年齢的には私は若輩でしたので、身の引き締まる思いがしました。それまでにいくつもの部署を経験してきましたが、そのひとつひとつすべてが活きているのだと実感しましたね。また、そうした経験を踏ませてもらえたことにも感謝しました。」

社長としての使命は、伝統を継承し、未来につなぐこと。

「2013年に代表取締役社長に就任し、東京だけでなくグループ全体の経営を見ることになりました。一方で、東京の総支配人も兼務しています。正直に申しますと、ふたつの大役を同時に担うのは、時間的にも体力的にも、とてもハードですが、実際にお客様の生の声に触れられることは大きな利点だと思っています。帝国ホテルは日本人のお客様だけでなく、海外からも多くの方々がご利用になるホテルです。現場に出て、世界各国のお客様にお喜びいただいている姿を見られることは、日々の活力にもなりますし、ホテルマン冥利に尽きますね。2020年に東京オリンピックを控える日本は、いま観光立国として国をあげて海外からのお客様を迎える体制をとっています。けれど、2020年は私たちの最終的な目標ではなく、それはひとつの通過点だと考えています。先達から受け継いだ歴史ある帝国ホテルの伝統を次の世代にしっかりと継承し、さらにその先にある未来へ続くための礎を築くことが、社長としての私の使命だと思っています。」

Message

「これからの帝国ホテルの歴史を紡ぐのは皆さんです。」

「帝国ホテルの原点は、1890年に「日本の迎賓館」として誕生したところにあります。それは、日本の素晴らしさを世界に発信するということでもありますし、国内だけでなく、国際的ベストホテルを目指し続けるということでもあります。それを実現するための鍵を握るのは、紛れもなく「人」です。一人ひとりの社員がより高い意識を持ち、技術を身につけ、さらに成長し、世界に通用するホテルマンになっていくこと。それが、帝国ホテルで働くということです。ぜひ、情熱を持って門を叩いてください。2015年に、帝国ホテルは開業125年を迎えました。これから先の150年、200年を築いていくのは紛れもなく、これから入社をする皆さんです。強い想い、熱意を持ったあなたを、私たちは歓迎いたします。」

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