帝国ホテル第14代東京料理長 杉本 雄

帝国ホテル第14代東京料理長 杉本 雄

帝国ホテル第14代東京料理長 杉本 雄

 2019年4月に第14代東京料理長に就任した杉本雄は、1999年に料理人としてのキャリアを帝国ホテルでスタートした後、2004年に退社して渡仏し、帰国までの13年間をフランスで過ごしています。フランスでは、ブルターニュのビストロを皮切りに、厨房だけでなくホールの接客サービスなどさまざまな経験を積みました。
 1835年創業の歴史あるホテル、ル・ムーリスでは、ヤニック・アレノ、アラン・デュカスという名料理人のもとでシェフを務め、同ホテルのメインダイニング(3つ星)では責任者の役割を担いました。

プロフィール

プロフィール

1999年5月 帝国ホテル 入社
2000年4月 当社 調理部 レストラン調理課 レ セゾン
2004年4月 当社 退職(渡仏)
2004年 ホテル・レクラン(Hotel L'Ecrin) ★★
2006年 ホテル・ドゥ・キャランテック(Hotel de Carantec) ★★
2006年 ホテル・ル・ムーリス(Hotel Le Meurice) ★★★
 ※ ヤニック・アレノ、アラン・デュカスのもと シェフを務める
 ※ 同ホテルのメインダイニング(3 つ星)にて責任者の役割を担う
2014年 レストラン レスペランス★★ 総料理長
2016年 レストラン スクエア(ロンドン)★ 総料理長
2017年4月 株式会社帝国ホテル 再入社 当社 調理部 宴会調理課 シェフ
2019年4月 当社 東京料理長就任
1999年5月

帝国ホテル 入社

2000年4月

当社 調理部 レストラン調理課 レ セゾン

2004年4月

当社 退職(渡仏)

2004年

ホテル・レクラン(Hotel L'Ecrin) ★★

2006年

ホテル・ドゥ・キャランテック(Hotel de Carantec) ★★

2006年

ホテル・ル・ムーリス(Hotel Le Meurice) ★★★

  • ヤニック・アレノ、アラン・デュカスのもと シェフを務める
  • 同ホテルのメインダイニング(3 つ星)にて責任者の役割を担う
2014年

レストラン レスペランス★★ 総料理長

2016年

レストラン スクエア(ロンドン)★ 総料理長

2017年4月

株式会社帝国ホテル 再入社 当社 調理部 宴会調理課 シェフ

2019年4月

当社 東京料理長就任

  • ★マークはミシュランガイドの星獲得数

受賞歴

2012年2月 プロスペール・モンタニエ料理コンクール優勝(日本人初)
2012年9月 ル・テタンジェ・国際料理コンクール フランス大会 優勝
2012年11月 ル・テタンジェ・国際料理コンクールインターナショナル 2位

 受賞歴

2012年2月

プロスペール・モンタニエ料理コンクール優勝(日本人初)

2012年9月

ル・テタンジェ・国際料理コンクール フランス大会 優勝

2012年11月

ル・テタンジェ・国際料理コンクールインターナショナル 2位

INTERVIEW

INTERVIEW

―― なぜ料理人の道を選んだのか

杉本 最初は大学に進学して社会科か家庭科の教員になろうと思っていました。なぜ家庭科かというと、もともと手先を使うことが好きで、裁縫などは課題をあっという間にこなし、先生から追加の課題をもらうほどでした。調理実習も好きで、習った料理はその日のうちに、家で家族に作っていました。料理人の根源は、この“手先を使ってものを作る”にあると思います。
そして、祖父も父も料理が得意で、台所に立つ姿を身近に見て育ちました。その影響か、いざ進路を決めるときには“料理人”という道を選択していました。

―― 帝国ホテルに入ろうと思ったのは

杉本 幼少の頃、両親の友人の結婚式の二次会で帝国ホテルに来たときの感動が忘れられなかったからです。赤いふかふかの絨毯に、グランドピアノが置いてあり、そのきらびやかな記憶がずっと胸に残っており、このホテルで料理を作りたいと思いました。
帝国ホテルの人事に直接電話をして「入社したい」と話しましたが、高校卒の採用がなく、入社実績の多い調理専門学校を教えていただき入学しました。

―― 帝国ホテルに入社して最初の気づきは

杉本 最初の仕事はラウンジでのホールスタッフでした。お客様がどれほどの期待を持ってホテルに来てくださっているかを間近に見て肌で感じ、“ホテルで働く意味”を学びました。料理人である前にホテルマンでいなければならない、と強く思いました。その気持ちは今でも持ち続けています。

―― フランス行きを決めたきっかけは

杉本 2000年に調理部に配属され、日々多くのことを学びました。ある時、「レ セゾン」でフランスからシェフを招聘するフェアを行った際、その料理を作り上げるスピードや美的センス、素材の引き立たせ方のどれもが抜群で衝撃を受けました。この芸術的な感性は、本場の空気の中でしか磨くことができないと思い、渡仏を決めました。

―― フランス経験で今にも生きていることは

杉本 フランスで働き続けるために、履歴書を100通以上書いて送り、採用してくれるお店にはすべて行きました。行ってみると給仕の仕事や菓子作りということもありましたが、それが自身のフランス語力やワインの知識向上に繋がり、また、コース料理を構成する中でデザートも考案できる力となり、この経験は今でも大いに役立っていると思います。

―― 2人のスターシェフと働いてどうだったか

杉本 渡仏から2年後、遂にパリの老舗ホテル「ホテル・ル・ムーリス」の3つ星レストランで働く機会を得て、そこで、ヤニック・アレノ氏とアラン・デュカス氏という名料理人の元でシェフを務めました。
アレノ氏からは「人に真似されるものを作りなさい」と、常に新しいものを生み出していくクリエイティブさを、デュカス氏からは、素材の本質にこだわり、その本来の魅力を引き出すことの大切さを特に学びました。2人の“スターシェフ”の共通点は、「この人を応援したい」「この人の料理を後世に残したい」と周りが思う人柄や魅力を備えていたことです。そのような二人と一緒に働けた時間は私の宝です。

―― 再び帝国ホテルに戻ることを決めたのは

杉本 ある時、「帝国ホテルに戻ってきて再チャレンジしないか」というお声掛けをいただきました。技術だけでなく、ホテルの料理人としてどうあるべきか、人としてどうあるべきかを教えてもらったのは帝国ホテル。“日本に戻るなら帝国ホテル”と思っていたので、嬉しい気持ちでの決意でした。 当時の田中総料理長(現:特別料理顧問)は、帰ってきた私を鮭に例えて、「川で育ち、大海に出て力をつけ、脂をのせて育ち、再び川に戻ってきたんだ」と話してくださり、温かく迎えてくれました。
戻って最初は、宴会のシェフを務めました。

―― 料理長に就任が決まった時の心境は

杉本 驚くと同時に、料理長として、これまで先輩方が築いてきた帝国ホテルのフランス料理の伝統を後世に大事に引き継ぐことの責務に、身が引き締まる思いでした。
帝国ホテルは「変えるべきものを変え、変えてはならないものを守る」という選択を常に繰り返してきました。レシピや味はその時代に応じて変えていく必要がありますが、素材の味を最大限に引き出すという料理の本質はぶれずに守っていきたいと心に決めました。

―― 帝国ホテルの料理人として大切にしていきたいことは

杉本 料理人として大切にしていることが、「敬意」です。食材そのものはもちろん、食材を育ててくれる生産者、一緒に働く調理スタッフ、完成した料理をお客さまの元へ届けてくれるサービススタッフ、そして、それを召し上がってくださるお客様。私たちの仕事は、そのような環境に支えられて成り立っています。それらすべてに敬意と感謝の気持ちを常に持ち続けたいと思っています。
また、帝国ホテルが持つ発信力は大きく、だからこそ発信出来る事も多いと思います。30代で就任したからこそ、これまでとは違った表現で料理を伝えていきたいです。料理動画の配信などを通して、良い意味で身近に感じていただき、「こういう人が料理長だったら帝国ホテルに一度行ってみたいよね」と思っていただけるような料理長になっていきたいです。

SPECIAL PLAN

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「インルームダイニングで楽しむスイートステイ」

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PLAN

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レ セゾン
「Le Salon "Intimité" (ル サロン アンティミテ)」

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